動物の原発性の肺腫瘍の発生は、人と比較して少ないといわれています。しかしながら、犬では他の動物種よりもやや多い傾向があり、ある研究では、犬の約10%で発症し、発症平均年齢は10.9歳とされています。原発性の肺腫瘍は、特徴的な臨床症状に乏しく、初期診断が難しいという特徴があります。また、およそ30%の症例で診断時には症状を呈していなかったとの報告もあることからも初期診断の難かしさが伺えます。こうした疾患の初期診断を目指すには、少しでも疑える症状が問診で聴取できた場合、積極的に検査を奨める以外に方法がないと考えられます。
下記に挙げられる症状が気になった場合には、積極的にレントゲン検査による評価が大切となります。
()内は発生頻度を示しています。
○最近よく咳をする(55%)
○呼吸が荒い時がある(24%)
○よく寝るようになった(18%)
○食べているのに痩せる(12%)
○熱っぽく感じる時がある(6.4%)
○足が痛そうな時がある(3.8%)
○状況のいずれかの症状を有し、かつ10歳以上である(発生年齢は2ー18歳)
診断方法
胸部レントゲン検査にて肺腫瘍が疑われた場合、その発生部位によって、細胞診やCT検査にて確定診断とします。
検査の実際
レントゲン検査
中心部にある楕円状の塊が心臓で、その斜め上に肺腫瘍を疑う丸い塊を認めています。
CT検査
細胞診より腫瘍が疑われため、本症例では腫瘍の正確な位置や、周辺の脈管系の巻き込み、心臓との位置関係など、手術に必要な情報を得るためにCT検査が追加されています。
写真は酪農学園大学附属動物医療センターより提供
検査所見より、腫瘍は肺の左後葉近位に限局し、大血管に接するものの、巻き込みや強い癒着は想定されず切除可能と判断されたため、外科的摘出の可能性な肺腫瘍と診断されました。
治療の実際
一般状態が安定していて、病変が限局している場合には、外科手術が第一選択となります。しかしながら、手術はせずに緩和療法のみを行ったある研究では、その生存期間の中央値が10ヶ月(5日?42ヶ月)との報告もあることから、年齢、腫瘍の大きさや転移の有無などにより、治療の選択には慎重を要します。今後の期待が高い放射線療法(リニアック)や抗癌剤に関しては、2020年、現在のところ十分な情報がないのが現状です。
手術の実際
画像診断より得られる腫瘍の発生位置により、胸骨正中切開法または肋間切開法が選択されます。本症例では肋間切開法による胸腔内アプローチが選択されています。開創にはフィノチェット型開胸器と呼ばれる開創器を用い、肋骨への負荷を最小限に確実な開創を行います。
(写真の色調は編集しています)
指で把持している塊が肺腫瘍です。関連する脈管をそれぞれ切断していきます。
腫瘍を切除後、胸腔内にドレーンを設置し、手術侵襲に伴って生じる液体を排液しながら術後管理を行います。通常は数日内に排液は収まりドレーンの抜去が可能となります。
術後のレントゲン写真を示します。腫瘍の完全切除を確認し手術を終了します。
合併症と入院
術後数日の間は、胸腔内の出血や気胸に対する注意が必要となります。術後数日は酸素室内にて呼吸状態を管理しドレーンにて排液の種類や量の計測を続けます。廃液量が1―2ml/kg/日以下まで減じたらドレーンの抜去が可能となります。入院期間の目安は3ー7日程度となります。
予後因子
報告にある予後に関するデータのいくつかを掲載します。予後に関する数字はあくまで一つの目安となります。
リンパ節転移がない場合の予後:11ー15ヶ月
リンパ節転移がある場合の予後:1?2ヶ月
肺腫瘍の種類:予後との相関なし
診断時に症状がない場合:18ヶ月
診断時に症状がある場合:8ヶ月
日常診療においては、肺腫瘍は殆どの場合で症状がなく、偶発的に診断されることが多い腫瘍です。診断時の年齢も比較的高齢で手術の是非についても悩まされる疾患の一つです。しかしながら、症状が出てしまった場合の苦しさや、平均予後の半減などを考えた場合、年齢を問わず、元気があり、転移所見がなく、限局した肺腫瘍と診断された場合には、外科手術の選択はやはり第一選択であると言えるかもしれません。