特定の抗原(病原体や腫瘍細胞など)に対して、体を守るために産生される蛋白質を抗体と呼びます。抗原には無数の種類があり、その種類に応じた数多くの抗体が存在します。抗体の中から、治療に必要な部分を遺伝子的操作によって調整し作成したものがモノクローナル抗体薬です。近年になって臨床応用されている人体薬の多くがモノクローナル抗体薬を含む抗体医薬という新しい治療カテゴリーに属するもので、効果と安全性という点で大変注目されています。
獣医学においては、過去にリンパ腫に対する抗体医薬品の市販化もありましたが、2019年11月にファイザー社より発売となる新薬サイトポイント(ロキベトマブ)は、犬の皮膚科における初のモノクローナル抗体薬で、『痒み』にかかわる複雑なメカニズムのうち、痒みという感覚発生の引き金となるインターロイキン–31(IL–31)という伝達物質を選択的に抑制できるようになった初めての薬剤となります。この選択的抑制に大きな治療メリットがあります。
インターロイキン–31の選択的抑制のメリットとは?
ファイザー社 特別セミナーより引用
模式図は細胞表面の受容体(伝達物質を受け取る装置)とさまざまな伝達物質を示しています。IL–31は痒みを伝える伝達物質です。各治療薬がどのように『痒み』に有効かを比較することで選択的抑制のメリットがよくわかります。
ロキベトマブ(サイトポイント)
痒みに関わる複雑な免疫反応のうち、痒みを引き起こす伝達物質(IL–31)のみを選択的に抑制する唯一の治療薬です(上図)。それ以外の免疫反応を抑制しないため現段階では明確な副作用の報告がありません。毎月一回の注射のため、毎日の投薬が不要で副作用の少ないという利点もあります。有効性はおよそ70%とされ、0.0001%~0.001%で薬剤に対するアナフィラキシ–反応の発生が知られています。
オクラシチニブマレイン酸塩(アポキル)
ロキベトマブに次ぐ高い選択抑制(安全性)を有する治療薬です。異なる点は、薬剤の作用点がIL–31ではなく、それを受け取る受容体(JAK受容体)であるというところです。従って、JAK受容体を介するその他の有用な免疫反応を抑制してしまうという欠点を有しています。現在のとこと従来の治療薬(ステロイド等)と比較して副作用は非常に軽微といえますが、皮膚感染症(ニキビダニ)の発生や白血球減少症の報告が散発的になされています。また、担癌動物においては原則禁忌となります。
免疫抑制剤(ステロイド、シクロスポリン(アトピカ))
免疫に関わる一連の反応を広く抑制(非選択的)する事で、痒みに関わる免疫反応も含めて種々の免疫反応を抑制します。痒みのみならず皮膚の炎症反応に対しても安定的な効果が得られる一方で、有用な免疫反応までを抑制してしまうことで副作用も問題となる治療薬です。治療開始期の症状が重い時には積極的に使用することが推奨されますが、長期投与には不向きといえます。
減感作容量薬(アレルミューンなど)
痒みに関与する抗体の反応を調整し、痒み物質産生の産生抑制や、痒みの引き金となる伝達物質の放出を抑制。理論的には非常に有効な治療法と考えられますが、原因物質が単独で、かつ長期的な視点で治療を行えた場合で効果が実感できると言うのが個人的な見解です。
まとめ
『痒み』の発生には様々な免疫反応が関わっています。従来の治療薬では、『痒み』という免疫反応だけを抑えることができずに、『痒み』もろとも他の有用な免疫反応をも抑えてしまうため種々の副作用が問題となっていました。しかしながら2019年11月に発売されるロキベトマブ(サイトポイント)は、痒みの伝達物質であるインターロイキン–31のみを選択的に抑制することができる初の治療薬となり、副作用が少なく、その効果と安全性が注目されています。さらに、他の治療薬のように体内で代謝を受けたり、細胞内に取り込まれることがないため、理論上、臓器毒性を示さない極めて安全な治療薬とも考えられています。
ロキベトマブ(サイトポイント)の課題
治療薬そのものに対する抗体が体内で生成される可能性が3%程度で報告されており、抗体産生が生じると、治療効果の減弱に留まらず重度のアレルギー反応(アナフィラキシー)が引き起こされてしまうリスクがあります。ただ、そのリスクは非常に希とされています(0.0001%ー0.001%)
また、インターロイキン–31は、細胞の増殖においても重要な役割を果たしていますが、治療薬による長期的な抑制が与える影響についてはまだ十分に解明されていないといえます。