気管虚脱の治療に用いる気管ステントの新型のご紹介です。ステントとは金属製のチューブ状の医療用器具で、管状の臓器(血管や尿管、気管など)の管構造を再建するために用いられています。新しく登場したステントと従来型ステントの合併症を比較した論文が近年になって発表され、ステントの構造上の改良によって従来型ステントのもつデメリットが大幅に改良された事が報告されました。
気管虚脱とは、何らかの原因により気管(空気の通り道)を構成する気管軟骨の軟化が生じ、気管の一部に虚脱(細くなってしまうこと)が起こる疾患です。本疾患は進行性疾患のため、やがて広い範囲の気管に虚脱が広がったり、気管支(気管が細くなって枝分かれした部位)にまで虚脱が進展してしまう事がある呼吸器疾患です。
詳細は当院HPに記載
気管虚脱
写真は頚部気管虚脱の症例の一例です。黄矢印部をわずかな力で押し込むと下図の写真の黄矢印部のように簡単につぶれてしまいます。
本来の気管は軟骨性の硬いホーズのような組織で、写真のように弱い力で潰れる事がないため、気管虚脱(気管軟化症)と診断されます。
内科療法が無効の気管虚脱の治療には、ステントを用いた気管内アプローチ法と気管リングやアクリル材のPLLPを用いた気管外アプローチ法(手術)の二つの方法があります。両方法の使い分けは、獣医師による考え方によるものであったり、気管虚脱の発生部位、動物の年齢や体の大きさ、併発疾患の有無などによって決められているのですが、おそらく一つの方法に定まっていない理由には、以下のような事由があげられます。(あくまで私見です)
ステントは低侵襲性で、麻酔時間も短くていいけど・・・
◯気管粘膜への刺激が強くでてしまい咳が余計に出てしまう事が
◯ステントに対する異物反応で肉芽形成が起こり気道狭窄の懸念が
◯気管内に設置したステントの破損や移動が起こることが
気管リングやPLLPは気管粘膜への刺激が少なくていいけど・・・
◯手術による反回喉頭神経の障害からの喉頭麻痺の心配が
◯麻酔時間が長く、高齢や基礎疾患のあるコには不向き
◯気管の後方(胸部気管)にはそもそも適応できない
◯気管虚脱はそもそも進行性に広がる病気
つまり上記のメリット、デメリットをまとめると、
ステントは低侵襲かつ短時間麻酔で良好な治療効果が得られるのが、異物であるステントを気管内に残す事による問題点が懸念され、気管リングやPLLPは、気管内に異物(縫合糸を除き)が入らず低刺激性で治療効果も良好だが、発生すると怖い喉頭麻痺や気管壊死などの合併症の問題が懸念されるという事になると思います。甲乙つけがたい両者の比較の中、新型ステント登場によってこの図式が変わるかもしれません。獣医療の先導となっているアメリカの専門医の中にも新型ステントの登場により気管虚脱の治療がステントの一択に置き換わるのではと言う人もいるほどです。
新型ステントに関する文献状のデータでは、
◯ステント破損:従来型19~45% → 新型9%
◯ステント移動:従来型37% → 新型4.5%
◯新型ステントの合併症発生率:9.1%
新型ステントの強み
新型ステントの最大の特徴は、気管内に設置された後、絶えず動く気管の3次元方向の動きに対する追随性能の向上により、気管の中でのステントの安定性が大幅に増した結果、ステントの変形から生じるステントの破損や移動が大幅に減少した点にあります。また、独自の網目構造がステントにかかる気管粘膜からの力を分散する結果、ステントからの気管への押し返しの力が減少し気管粘膜への刺激が軽減されたという点もあります。
〜メーカー添付資料より抜粋〜
ステントを入れたビニールの筒を捻ったり引っ張ったりした際のステントの安定性を示す図。あらゆる方法に対して網目構造が安定し、外力が分散されていることがわかります。
ステントVS手術(気管リング、PLLP)
内科療法が無効な場合の気管虚脱の治療において、ステントと手術どちらを選択するのかの議論はいろいろあります。どちらの方法がより優れているのかというものではないものの、これまでの議論の材料に挙げられきたステントのデメリットは、これまでのステント(従来型ステント)の術後成績から得られたデータに基づくものでした。新型の登場によりステントの術後成績の大幅な向上のデータを今後蓄積することができるのであれば、ステントVS手術の見解の潮目が大きく変わるかもしれません。
動物達にとってより負担の少ない治療方法が、より安全で、より良い結果を出せる方法となるような進化が、この新型ステントで起こると革新的ですね。
獣医師:伊藤