前十時靭帯断裂

遊んでいる最中に、突然キャンと鳴き片足を痛がり、時間が経っても足をあげたままの状態が持続する場合には前十時靭帯の断裂を疑う必要があります。前十時靭帯の役割は、膝関節の安定性を作ることで、この靭帯によって膝関節は正常に動かすことができます。この靭帯を断裂させてしまうと、膝関節が不安定となり二次的な関節炎や、膝の軟骨の損傷を招いてしまいます。

前十時靭帯断裂の原因
①肥満による靭帯への過負荷
急激に走ったり、滑ったり、走っている最中の方向転換などで断裂してしまいます。
②老齢化、ホルモン疾患による靭帯の脆弱化
特別な原因がなくても日常的な動きの中で靭帯の断裂が生じてしまいます。また、避妊去勢による変化の一つとして、靭帯の脆弱化も指摘されています。
③骨格の奇形
骨の形状異常によって靭帯に無理な力が慢性的にかかる結果、わずかなきっかけで靭帯が断裂してしまうことがあります。

前十時靭帯断裂の症状
急性期
患肢を負重させることができず、足先を地面にちょっとだけ触れさせているか、まったく挙上したままでいます。2~3日すると痛みが取れてくることが多く、触っても痛がらないけど、足は地面につかないという状態がおおく観察されます。
慢性期
患肢の負重はやや可能となるが、持続的な歩様障害が観察されます。特に運動後に悪化する傾向があります。また、二次的な関節炎や、関節軟骨損傷の併発も時間が経つほどに多くなるといわれています。

前十時靭帯断裂の診断
臨床症状、触診、レントゲン検査を組み合わせて行います。靭帯損傷直後で関節の腫張が強い場合には、腫脹を抑える治療をした後に、再評価が必要となります。

前十時靭帯断裂の治療
保存
療法
体重15㎏以下であれば保存療法により、ほぼ正常に歩けるようなる確率はおよそ85%(4か月での評価)という報告があります。また15㎏以上であっても19%(6か月での評価)でほぼ正常歩行が可能であったという報告もあります。年齢や持病によっては、保存療法も充分に選択肢となりうるので、手術を検討する場合は必ず考慮をする必要があります。ただじ、時間経過とともに発生する関節炎の程度と評価した報告では、外科療法選択症例と比較すると、関節炎の程度は重くなる傾向にあるので、保存療法の適応には注意が必要です。ただし、これらのデータは海外の大型犬を主体としたデータであり、小型犬の多い日本においては、保存療法選択による関節炎の程度問題だけを理由に外科手術を選択することは当院では推奨していません。

外科療法
動物の年齢や犬種、体格、手術にかかる費用などを加味し、いくつかの選択枝があります。当院では、生体内で繊維化による靭帯様構造物を形成することで膝関節を安定化させる、関節外整復術を行っています。また、若く活動的な大型犬に対しては、TPLO術(詳しくはコチラ)を行っています。手術方法の決定には、それぞれの手術方式のメリットとデメリットを考慮する必要があることから、事前に綿密なご相談が必要となります。

この記事では関節外整復術の原理をご紹介
断裂してしまった前十字靭帯と同じ角度の力が支えられるように、特殊なバンドを骨にかけます。特殊なバンドの周囲には繊維化という現象はおこり、やがて靭帯のような組織になります。これによって膝関節の安定性が得られます。
無題
青線:前十時靭帯の位置(点線部分は骨の裏側)
赤線:靭帯様構造物を形成する特殊なバンド
黒丸:バンドを通すために形成した穴
緑丸:種子骨という丸い骨にバンドをかけます

手術の実際(写真は白黒に処理してあります)
膝関節内にアプローチし、断裂した靭帯や痛んだ軟骨などを取り除きます。
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筋肉の下にある種子骨にバンドをかけます。
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形成した穴を通して、バンドをとめます。
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術後は圧迫包帯を巻いて動きを制限します。
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術後のケア
術後はレーザー治療やマッサージを行いながら、下記の目標で経過観察をしていきます。
術後3週間
圧迫包帯を巻いたまま、軽い短時間の散歩のみとします。
術後3週間~3ヶ月
リードをつけた歩行のみの運動とし、歩様の正常化を目指します。
術後3ヶ月~5ヶ月
通常の生活を送り、左右の体重負荷が同等となることを目指します。

術後の注意点
片足の前十時靭帯を切ってしまった場合、約40%の症例で、平均17ヶ月以内に対側の前十時靭帯も切ってしまうという統計が報告されています。術後は、体重の管理、滑る床の是正、運動の仕方、基礎疾患お治療などに注意をしてあげる必要があります。