膝の靭帯(前十字靭帯)の断裂は、ボールやディスクを追って走ったり、友達ワンコとのワンプロの最中に、突然ギャンと鳴いて跛行を呈するような場合に疑う疾患ですが、犬の場合、明らかなきっかけや症状もなく、前十時靭帯の不完全断裂が発症し時間経過とともに完全断裂や膝の半月板損傷を合併してしまう事があるので注意が必要な疾患です。
原因
スポーツや事故など人の前十字靭帯断裂が外傷性疾患であるのに対し、犬では靭帯の変性性疾患と呼ばれています。靭帯の変性性疾患とは、何らかの原因によって徐々に靭帯の障害が進行し、最終的に比較的弱い外力で切れてしまう病態をいい、その明確な原因は現在のところわかっておらず、大型犬でも小型犬でも発生します。
(※大型犬における早期の去勢、避妊手術や肥満が靭帯断裂のリスクを高める事が報告されていることから去勢避妊のタイミングや体重管理には注意が必要です)
症状(2タイプ)
明瞭に症状が出るタイプ
◯遊んでいる最中にギャンと鳴いて片足をつかなくなる
◯明確な跛行
不明瞭なタイプ
◯散歩に行くのを喜ばなくなる
◯オスワリする時に片足を少し投げ出す
◯太腿の太さが左右で異なる
〇膝の内側が硬く腫れている
診断
通常、臨床症状と触診、レントゲン検査で本疾患を仮診断します。仮診断後は、臨床症状が似ている下記疾患の除外診断を行い最終的に確定診断とします。
〜必ず除外が必要な疾患〜
◯関節腫瘍(骨肉腫、滑膜肉腫、組織球肉腫)
◯IMPA(免疫介在性多発性関節炎)
◯馬尾症候群
◯股関節形成不全
膝関節は◯と△で表すことができます。△の頂点から〇が左右に回転するように動くことによってスムーズな膝の曲げ伸ばしを可能としています。スムーズな動きを第一に考えた構造の代償として、不安定性を併せ持つともいえるのですが、これを補うのが前十字靭帯を中心とした靭帯の役割となります。
前十字靭帯が切れてしまうと・・・
膝関節の安定性が保てなくなります。下図左のように〇が△ の 青点の重なる安定した状態から、下右図のように青点がズレた状態となる結果、膝関節の本来の動きができなくなることによる荷重異常(跛行)と、荷重に度にかかる◯からの『下向きの圧力』を△で正しく受け止め切れないことによる膝関節内構造の損傷(関節炎)が発生してしまう事が前十字靭帯断裂による2大問題点となります。
治療
上記の問題点に対して、異なる3つのアプローチ法があります。それぞれの症例の生活状況や年齢、性格に応じて、メリットとデメリットを勘案しながらそのコそのコにとって最善のアプローチを相談の上、選択することが大切となります。
①保存療法(包帯法)
土台となる△はそのままで、外固定によって得られる繊維化により関節周囲を硬くする事で安定を目指す方法
②関節外法
土台となる△はそのままで、人工繊維を用い2点の青点を引き寄せるように矯正する方法
③TPLO
上記2法と異なり、土台となる△そのものの位置を変えることで安定を造りだす方法(詳しくは下記)
2024年現在の獣医学では、TPLOは前十字靭帯断裂の治療においては最も優れた術後患肢機能の回復が期待できる術式と位置付けられています。当院においても『活動的』、『大型犬』、『不完全断裂症例』などをキーワードにTPLOの術式を採用しており、以下にTPLOの概要を記載させていただきます。
TPLO(脛骨高平部水平化骨切術)とは
下図左の写真のように、靭帯断裂によって△と◯の青丸がズレることで発生する、△の斜面を滑り落ちるような『下向きの圧力(黄矢印)』を、右図のように△の位置を移動する事で受け止める事で問題を解消すること主目的とした手術です。これにより膝関節の運動性の維持と、種々の膝関節の損傷を予防します。
手術の実際
TPLO手術で最も重要な部分が下図の計算(術前計画)にあります。術前計画の可否が術後の状態を決定するため念入りな術前計画が必要です。
前十字靭帯の断裂症例では高率に半月板損傷(半月板の遊離)が発生しており、損傷部分の処理を行わないと術後の跛行が残るため半月板の観察を行います。
(画面中央の黄色矢印が遊離した半月板)
プレートの装着後はレントゲン検査で術前計画との比較を行います。△の移動によって『下向きの圧力』を受け止められるように△と◯が本来の位置関係に矯正されていることを確認し手術を終了します。
TPLOやCBLO、TTAや関節外法、保存療法など、様々な治療選択のある犬の前十字靭帯断裂の治療において、現在ではTPLOが一強のように言われる事が増えてきてはいます。しかしながら、当院では、症例の体重や年齢、性格や散歩様式、基礎疾患の有無などを考慮し、保存療法、関節外法、TPLOのそれぞれのメリットやデメリットを熟慮の上、最適な術式を選択することが最も大切と考えております。愛犬の膝でお悩みの場合、どうぞお気軽にご相談下さい。