獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座5

~犬の膀胱腫瘍について~

犬の膀胱腫瘍には良性・悪性腫瘍があり、多くが移行上皮がんと呼ばれる悪性腫瘍です。良性の場合は、腫瘍の切除により予後が良好であることが多いのですが、悪性の場合は進行が早く非常に挙動の悪い腫瘍のひとつです。

膀胱がんは血尿や頻尿などの膀胱炎と似た症状が持続したり、進行すると転移による後肢のむくみ、腰痛などが現れることがあります。また、尿道や尿管が膀胱とつながる「膀胱三角部」と呼ばれる部位が腫瘍で塞がれてしまうことにより、排尿困難や腎不全を呈し体調が悪化してしまう要因となります。

犬の膀胱がんは早期に積極的な外科治療と抗がん剤などの補助治療が望まれますが、膀胱全摘出による術後ケアの問題や、再発・転移しやすいという腫瘍の特徴から、積極的な治療が実施されないことも多くあります。近年では様々な補助療法や、排尿困難に対する治療の選択肢も増えてきているため、「できるだけ根治を目指してがんばりたい」「根治は難しくても排尿困難にはならいよう対処してあげたい」「できるだけ手術をせずにできる治療を選択したい」など、動物とご家族にとってより良い治療法を一緒に考え選択していけたらと思います。

今回は犬の膀胱がんにおける検査、治療法について新しい方法も含めご紹介させていただきます。治療法の選択などでお悩みの飼い主様にとって少しでも参考になれば幸いです。

検査
画像診断
超音波、CT検査などにより腫瘍の大きさや位置、周囲のリンパ節転移の有無などの評価を行います。
細胞診
膀胱内にカテーテルを入れ細胞を採取し、その形態などを評価します。
BRAF遺伝子変異検査
犬の膀胱移行上皮がん・前立腺がんでは尿中のBRAFと呼ばれる遺伝子の変異が多く認められ、その検査感度は70~80%、特異度は100%と言われています。「変異あり」の場合は膀胱がん・前立腺がんの疑いが極めて高くなります。「変異なし」の場合は膀胱がんである可能性は低くなりますが、BRAF遺伝子変異のない膀胱がんが20~30%程度存在し完全に否定することはできないため、腫瘍が疑われるが「変異なし」という結果の場合には、複数回BRAF検査を実施したり、細胞診の結果も併せて評価を行う必要があります。
HER2検査
犬の膀胱がんの腫瘍マーカーのひとつであるHER2の発現を調べる検査です。HER2の発現が多く認められる膀胱がんでは、後述するラパチニブという分子標的薬の有効性が高いことが報告されています。
抗がん剤感受性検査
腫瘍組織の一部を培養し増殖させたものに抗がん剤を投与し、腫瘍の増殖がどの程度抑えられるか判定する検査です。その子の腫瘍に対して効果が期待できる抗がん剤の種類や濃度を調べることができ、オーダーメイドの抗がん剤治療が可能となります。

 

膀胱腫瘍のエコー画像

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膀胱三角部と呼ばれる部位に発生した腫瘍により、尿の出口が塞がれています。

治療法の選択

外科的治療
①膀胱部分摘出術
腫瘍が膀胱三角部以外のところに発生している場合に適応となります。腫瘍部分を含め膀胱の大部分を切除しても、その後膀胱は膨らみ尿を溜めることが可能です。

②膀胱全摘出術
腫瘍が膀胱三角部に存在し膀胱の温存が難しい場合、またはあきらかな転移が認められず根治を目指す場合にも適応となります。術後は常に尿が外陰部などから出ている状態となるため、生涯にわたりオムツなどが必要となり、尿路の感染や尿が出ている部位の皮膚炎にも注意が必要です。しかしながら尿路閉塞の心配を限りなく減らすことができ、尿が出ない辛さを十分に和らげることができます。

③尿路閉塞に対する処置
閉塞のある尿管や尿道にステントと呼ばれる細い管を入れ、尿の通路を確保する方法や、尿管や膀胱を直接お腹の皮膚などに開口させ、そこから尿が出せるようにする尿路変更術(皮膚尿管ろう、皮膚膀胱ろうなど)などがあります。犬の膀胱がんでは約80%以上の症例で排尿困難を呈し、約10%の症例では完全尿閉塞を呈するという報告があり、このような処置が必要となるケースも多くあります。

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尿管ステントのイラスト(小動物外科専門誌Surgeonより引用)

内科的治療
①非ステロイド系抗炎症薬(ピロキシカム、フィロコキシブなど)
抗炎症薬ですが、膀胱がんにおいても腫瘍抑制効果が認められているため単剤または他の治療薬と併用して使用します。抗がん剤ではないという点では安心して服用できますが、長期投与による腎障害や胃腸障害には注意が必要です。

②抗がん剤(ミトキサントロン、カルボプラチン、ビンブラスチン)
白血球減少や、消化器・腎臓毒性などには注意しながら2~3週間に1回点滴で抗がん剤を投与します。

③分子標的薬
2009年に動物用分子標的薬として承認されたトセラニブは犬と猫において様々な腫瘍において効果が認められ、近年では腫瘍治療において欠かせない治療薬のひとつとなりました。しかし、犬の膀胱がんにおける臨床的有用率(腫瘍の縮小が認められたり、一定期間腫瘍の進行が見られなかった割合)が87%とある程度の腫瘍進行抑制効果が認められるものの、生存期間中央値は4か月~1年前後であり、他の抗がん剤治療と比較して際立った効果はあるとは言えません。

近年では様々な分子標的薬の臨床研究が行われている中で、2022年東京大学からヒトの乳がん治療薬であるラパチニブがイヌの膀胱がんにも有効であることが報告されました。犬の膀胱がんではHER2と呼ばれるがん細胞の増殖に関わるタンパクが多く発現していることがわかりました。そこでヒトの乳がん治療薬のひとつであり、HER2阻害作用を有するラパチニブを投与したところ、半数以上の犬で腫瘍の縮小が認められ、生存期間もこれまでの治療法と比較して2倍以上であると報告されています。また、投与期間中の副作用は軽く、腎臓への負担が少ないため膀胱がんによって腎臓のはたらきが低下している子にも使用しやすいというメリットがあります。薬価が非常に高いことが難点ではありますが、副作用が少なく良好な治療効果が期待できる点では、高齢などの理由で手術が困難な子や従来の治療法で十分な効果が得られなかった子にとって有効な治療のひとつと考えております。

膀胱がんにおいて根治を目指した積極的な治療を検討されている方や緩和治療を検討されている方、どのような治療の選択が良いのか迷っている方など、どうぞお気軽にご相談ください。膀胱がんを患った子たちがなるべく穏やかに過ごすことができ、ご家族が無理なく継続できる治療法のご提案ができるよう努めてまいります。

獣医師:野上