病院の症例

目次

ア行
遺伝子検査
胃捻転・胃拡張症候群
異物の誤飲
異物による腸閉塞
会陰ヘルニア
カ行
眼瞼内反症
気管虚脱
クッシング症候群
口腔内腫瘍
高濃度ビタミンC点滴療法
骨折
サ行
歯冠修復(歯の治療)
子宮蓄膿症
歯石除去
膝蓋骨内方脱臼(パテラ)
食道狭窄
腎結石
心嚢水貯留(心タンポナーゼ)
膵炎
潜在精巣(陰睾)
前十時靭帯断裂(関節外法
前十字靭帯断裂(TPLO)
前庭疾患
ソレンシア
タ行
大腿骨頭壊死症(レッグ・ペルテス病)
大腸の炎症性ポリープ
タマネギ中毒
胆嚢粘液嚢腫
椎間板ヘルニア
トイプードルの橈尺骨骨折
動脈菅開存症(PDA)
ナ行
ハ行
肺腫瘍
脾臓の血管肉腫
肥満細胞腫
猫のぶどう膜炎
分子標的療法(パラディア錠)
膀胱結石
膀胱の腫瘍
マ行
猫の網膜剥離
門脈体循環シャント
ヤ行
ラ行
リブレラ
狼瘡様爪床炎
レーザー治療

気管虚脱

興奮した際や、吠えた後などに、突然苦しそうに咳き込みが止まらなくなり、やがて日常的に呼吸の狭窄音(狭い所を空気が通る際に出る様々な雑音)が出るようになってしまった場合、気管虚脱という疾患が疑われます。気管虚脱とは、進行性に気管軟骨の軟化が進むことによって、本来はチューブ状になっている気管が、吸気や呼気の圧力が高まった際に潰れてしまうことにより発症する咳様の症状を主体とした呼吸器疾患です。現在のところ、その発生原因は不明とされ、小型犬(ポメラニアン、トイプー、チワワ、ヨーキー、パグ)に多く報告されています。初期には気管の一部に発生する気管虚脱ですが、進行すると気管全域、喉頭や主気管支の軟化が合併する可能性が指摘されており、末期に入ると治療が難しい疾患となってしまいます。

原因
先天性疾患に加え、肥満やアレルギー、タバコやホコリなどの増悪因子が考えられています。

診断
臨床症状で本疾患を疑いレントゲン検査にて診断を行います。診断の際には以下の情報が重要です。

1、気管虚脱のグレード分類
2、喉頭鏡や気管支鏡を用いた他の併発疾患の除外
3、心疾患や肺疾患の除外
4、マイコプラズマなどの呼吸器系感染症の除外

グレード分類と治療
グレード1〜2までは内科療法、グレード3〜4は外科療法の検討が推奨されているため、正確なグレード分類が重要となります。

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治療
全てのグレードにおいて、治療の目標は呼吸器症状を減らす事にあります。気管虚脱は進行性の疾患のため残念ながら症状をなくす事ができません。しかし、症状をしっかりと減らす事によって、進行を遅くしたり、気管虚脱からの合併症の発現率を減らす事を最大の目標とします。

グレード1〜2:内科療法が推奨
◯薬物療法
咳止め薬:ブトルファノール、ジヒドロコデインなど
抗炎症薬:経口プレドニゾロン、フルタイド(吸入薬)
抗不安薬:トラゾドン、アセプロマジン、ガバペンチンなど
ネブライザー:アセチルシステインなど
◯生活週間の改善
ダイエット(効果的)
首輪から胴輪に変更
タバコやホコリの暴露の減少
興奮や不安の除去

グレート3〜4:外科療法が推奨
ただし、喉頭虚脱、気管支虚脱が合併している場合には、外科療法単独での効果は得られないので、これらの疾患の慎重な除外が大切です。

外科療法には、手術で喉を切開して気管を直接操作する気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)と、切開をせずに自己拡張型金属ステントを気管内に挿入する気管内アプローチ(ステント)の二つの方法があり、近年になって技術の進化とともにメリットやデメリットが大きく変化してきています。

気管内アプローチ(ステント設置術)
メリット
麻酔時間が短く、低侵襲性、新型ステント以降は合併症が大幅に減少。胸部気管虚脱に対しても適応可能。また、進行性を示した気管虚脱に対して、ステントの再設置の適応が可能である。

デメリット
敏感な気管内に金属製の異物が入ることによる種々の刺激や、ステントの破損や移動。しかしながら、新型ステントで大幅に減少。(ただし、2023年現在、気管外アプローチVSステント設置術の術後成績の優劣を判断するに必要な臨床データの蓄積はまだ充分ではありません)。また、ステント設置後も通常は投薬が必要となります。

従来型ステントVS新型ステント
従来型ステント

長軸方向に作用する外力に弱く伸びやすいため、ステントの気管内移動や破損の発生が少なくない数値で発生。また3次元方向の外力に対して初期形状に復元しようとする性質が強いため、押し返しによる気管粘膜への刺激があり、咳の悪化や肉芽形成の問題。

新型ステント(2020年台以降報告)
ステントの構造的改良により、外力に対する適応力が向上した結果、ステントの破損や移動が大幅に減少し、また外力の分散性能の獲得で、ステントによる押し返し力が軽減した結果、局所刺激性(肉芽形成の発生率)が低減。さらに、3次元方向への追従性が可能となり、絶えず動く気管壁に対して形状の変化になじみやすい。
比較に使用できるデータ
◯ステント破損:従来型19~45% → 新型9%
◯ステント移動:従来型37% → 新型4.5%
◯新型ステントの合併症発生率:9.1%

気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)
メリット
従来型ステントと比較とした場合、気管内アプローチのように敏感な気道内を触れないので気道内刺激性という点で術後の気道内安定性が高い。

デメリット
術後一定の確率での反回喉頭神経麻痺による喉頭麻痺などの重度合併症、ステント設置術と比較した長時間麻酔と気管の血管や神経を操作することによる高侵襲性。頸部気管のみに適応が制限される(気管虚脱は進行性疾患のため、例えば適応となる頸部気管に気管外アプローチを行った後に、胸部気管虚脱に進展してしまった場合には、気管外アプローチの再適応不能)。

従来型気管外アプローチVS新型気管外アプローチ
従来型:気管外プロテアーゼ(PLLP)
筒状に加工した繊維を用いて、切開して露出した気管の外側から直接虚脱部を持ち上げる術式。難点としては、近年になって開発された医療用気管リングと比較して、気管との接触範囲が広い分、その範囲の気管や血管、反回喉頭神経への操作が多い点。また、医療用の人工繊維が市販されておらず、工業用の繊維の流用し、都度、獣医師が手製で作成、ガス消毒を一度してからガス成分の洗浄をして使用。

新型:気管リング
アプローチは従来型の気管外プロテアーゼと同様だが、筒状のPLLPと異なり気管との接触範囲が少なく気管の負担が軽減。また、医療用に滅菌された製品を使用できるという利点がありる。しかしながら、従来型のPLLP同様、進行性の病態をもつ気管虚脱に対して、頚部の気管虚脱のみが適応対象であり、胸部気管に進行した場合には適応不能。


当院での治療選択

2023年JAHA主催で開催された『世界基準の呼吸器外科』の講演において、ミシガン州立大学の名誉教授Bryden Stanley先生が示された治療選択基準を当院でも採用しています。気管虚脱は、以下のような考えを基に治療計画を立てる事が重要と言われています。

◯適切な対症療法
気管虚脱は進行性疾患であり、また長期間の咳や呼吸障害により様々な合併症を出しうる疾患のため、グレードに合わせた適切な対症療法を行うことが大切です。
◯適切なグレード分類
気管虚脱グレード1および2は原則内科療法、グレード3、4に対しては、それぞれの症状に合わせながら、外科療法の介入タイミングを計画することが大切です。そのためには適切なグレード分類と準備が必要となります。
◯グレード1、2
体重過多の場合はダイエットが非常に効果的です。首輪を使用している場合は胴輪に変更し、タバコやホコリの暴露を可能な限り減らします。興奮や不安によって吠えて咳が出てしまう場合にはそれらの対策も有効です。
◯グレード3
外科適応の可否、術式の選択、手術適期についての相談を行います。気管支虚脱や喉頭の虚脱など進行状況の把握、犬種によっては喉頭蓋後傾などの併発疾患の有無を評価します。
◯グレード4
症状がある場合には早めの外科を推奨。グレード3同様に、進行状況や併発疾患の評価を行いつつ、選択する術式の相談、決定を行います。当院では気管内アプローチは新型ステント術を、気管外アプローチでは気管リングの使用を推奨しています。

新型ステント登場後の当院での考え方
気管外プロテアーゼ(PLLP)の術式は、これまでの従来型ステントの気道内刺激性とを天秤にかけ、気道内刺激性が少ないという利点を得るために、長時間の麻酔や、気管の壊死や喉頭麻痺などの重度合併症は覚悟をするという側面がありました。近年になって新型ステントの低刺激性の報告が発表されるようになると、新型ステントのメリットとPLLPのデメリットとを比較した場合、PLLPのデメリットの捉え方が変わる可能性が指摘されています。気管外アプローチにおいて改良された気管リングの使用であっても、気管への手術操作によるダメージや術後の反回喉頭神経麻痺のリスクをゼロにすることはできません。また気管虚脱の進行性の悪化が報告されていることからも、新型ステントの出現によって、気管外アプローチ(気管リングやPLLP)の適応は今後減る可能性が指摘されており、当院でも同様に考えています。

  気管ステントVS気管リング
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まとめ
気管虚脱の治療は、技術の進歩とともに様々な選択肢があります。それぞれの方法にメリットやデメリットが、また、それぞれに合併症の発生リスクもあります。一概に最善の治療選択肢があるわけではなく、年齢や併発疾患、外科に対する飼い主個々人の価値観などを加味し、慎重に相談、決定する事が重要となります。

モノクローナル抗体製剤(リブレラとソレンシア)

薬を服用する際、その薬の効果と副作用という問題を常に意識させられます。強い薬であったり、長期間の服用が必要な場合は尚更で、この問題は、薬のほとんどが複数の作用を持ち、そのうち、生体に有益な作用が『効果』、有害なものが『副作用』となるからです。多くの場合で、『効果』が『副作用』を大きく上回るため『薬』として使えるのですが、薬との相性や体質によっては副作用の方が強く出てしまう場合があります。

そうした中、近年モノクローナル抗体製剤の開発が急加速で進んでいます。

モノクローナル抗体製剤とは、一般的な『薬』とは異なり体内に生じている様々な生体反応のうち、一つの生体反応に治療目的を限定し、さらに、その生体反応を生じさせるための数ある仲介反応の一つに薬の作用が限定されるように製作され、目的(効果)以外の作用(副作用)が出ないことを狙って作られている画期的な薬剤です。獣医療においても、最近になって発売される新薬にモノクローナル抗体製剤が増えてきています。

今回ご紹介したいのがNGFモノクローナル抗体製剤であるリブレラ(犬用)とソレンシア(猫用)という製剤です。老齢期の変形性関節炎に伴う疼痛緩和を目的としたお薬です。

これまで、老齢期の変形性関節炎の痛みに対する治療では、痛み止めを多用できないという課題がありました。多様による副作用の問題です。痛み止め薬も副作用が出づらくなるよう進化はしていますが、やはり『出る時には出る』感を払拭することはできていませんでした。

そのため、老齢期の関節の痛み(破行、遊ばなくなる、散歩を嫌がる、ジャンプしなくなる等多彩な症状)に対しては、体重管理やマッサージ、鍼灸などの対応を主体に、痛みが強い時には一時的に痛み止めを服用するのが一般的でした。

新薬のリブレラやソレンシアは障害を受けた関節から放出されるNGF(慢性痛のカギ)という物質のみを阻害する薬剤です。そのため、NGFの作用だけを止め(効果)、その他の作用(副作用)がないのが最大の特徴で利点です。

【NGFには以下のような直接的及び間接的作用】
○関節周囲の神経に結合して痛みの感度を高める作用
○炎症細胞に結合して、さらなるNGFの放出と炎症細胞の活性化による疼痛発現作用
○上記を引き金に血管新生や神経発芽が生じてさらに痛みが増強
○上記を理由に関節の変性と痛みの悪化
○それによるNGFの放出と悪化を繰り返す悪循環

効果や副作用など詳しくは以下HPを参照ください。
リブレラ
ソレンシア

これまで、副作用を出さないようにある程度の痛みを我慢したり、状況によっては副作用を覚悟の上で使用せざるおえない場合もあったかもしれない老齢期の緩和治療に登場したモノクローナル抗体製剤。歳をとる=苦しみが増えるという図式もあるとするならば、この新薬の登場によって少しでもその図式が変えられたら嬉しいですね!

TPLO(膝の靭帯(前十字靭帯断裂)に対する手術)

膝の靭帯(前十字靭帯)の断裂は、ボールやディスクを追って走ったり、友達ワンコとのワンプロの最中に、突然ギャンと鳴いて跛行を呈するような場合に疑う疾患ですが、犬の場合、明らかなきっかけや症状もなく、前十時靭帯の不完全断裂が発症し時間経過とともに完全断裂や膝の半月板損傷を合併してしまう事があるので注意が必要な疾患です。

原因
スポーツや事故など人の前十字靭帯断裂が外傷性疾患であるのに対し、犬では靭帯の変性性疾患と呼ばれています。靭帯の変性性疾患とは、何らかの原因によって徐々に靭帯の障害が進行し、最終的に比較的弱い外力で切れてしまう病態をいい、その明確な原因は現在のところわかっておらず、大型犬でも小型犬でも発生します。
(※大型犬における早期の去勢、避妊手術や肥満が靭帯断裂のリスクを高める事が報告されていることから去勢避妊のタイミングや体重管理には注意が必要です)

症状(2タイプ)
明瞭に症状が出るタイプ
◯遊んでいる最中にギャンと鳴いて片足をつかなくなる
◯明確な跛行

不明瞭なタイプ
◯散歩に行くのを喜ばなくなる
◯オスワリする時に片足を少し投げ出す
◯太腿の太さが左右で異なる
〇膝の内側が硬く腫れている

診断
通常、臨床症状と触診、レントゲン検査で本疾患を仮診断します。仮診断後は、臨床症状が似ている下記疾患の除外診断を行い最終的に確定診断とします。

〜必ず除外が必要な疾患〜
◯関節腫瘍(骨肉腫、滑膜肉腫、組織球肉腫)
◯IMPA(免疫介在性多発性関節炎)
◯馬尾症候群
◯股関節形成不全

 

膝関節の構造と機能(左右同じ写真です)
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膝関節は◯と△で表すことができます。△の頂点から〇が左右に回転するように動くことによってスムーズな膝の曲げ伸ばしを可能としています。スムーズな動きを第一に考えた構造の代償として、不安定性を併せ持つともいえるのですが、これを補うのが前十字靭帯を中心とした靭帯の役割となります。

前十字靭帯が切れてしまうと・・・
膝関節の安定性が保てなくなります。下図左のように〇が△ の 青点の重なる安定した状態から、下右図のように青点がズレた状態となる結果、膝関節の本来の動きができなくなることによる荷重異常(跛行)と、荷重に度にかかる◯からの『下向きの圧力』を△で正しく受け止め切れないことによる膝関節内構造の損傷(関節炎)が発生してしまう事が前十字靭帯断裂による2大問題点となります。
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治療

上記の問題点に対して、異なる3つのアプローチ法があります。それぞれの症例の生活状況や年齢、性格に応じて、メリットとデメリットを勘案しながらそのコそのコにとって最善のアプローチを相談の上、選択することが大切となります。
①保存療法(包帯法)
土台となる△はそのままで、外固定によって得られる繊維化により関節周囲を硬くする事で安定を目指す方法
②関節外法
土台となる△はそのままで、人工繊維を用い2点の青点を引き寄せるように矯正する方法
③TPLO
上記2法と異なり、土台となる△そのものの位置を変えることで安定を造りだす方法(詳しくは下記)

2024年現在の獣医学では、TPLOは前十字靭帯断裂の治療においては最も優れた術後患肢機能の回復が期待できる術式と位置付けられています。当院においても『活動的』、『大型犬』、『不完全断裂症例』などをキーワードにTPLOの術式を採用しており、以下にTPLOの概要を記載させていただきます。

TPLO(脛骨高平部水平化骨切術)とは
下図左の写真のように、靭帯断裂によって△と◯の青丸がズレることで発生する、△の斜面を滑り落ちるような『下向きの圧力(黄矢印)』を、右図のように△の位置を移動する事で受け止める事で問題を解消すること主目的とした手術です。これにより膝関節の運動性の維持と、種々の膝関節の損傷を予防します。

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(右の写真は画像処理したもの)

手術の実際
TPLO手術で最も重要な部分が下図の計算(術前計画)にあります。術前計画の可否が術後の状態を決定するため念入りな術前計画が必要です。

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前十字靭帯の断裂症例では高率に半月板損傷(半月板の遊離)が発生しており、損傷部分の処理を行わないと術後の跛行が残るため半月板の観察を行います。
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(画面中央の黄色矢印が遊離した半月板)

術前の計画に沿って骨を切り込み移動させます。
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骨の移動後、専用プレートで固定
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プレートの装着後はレントゲン検査で術前計画との比較を行います。△の移動によって『下向きの圧力』を受け止められるように△と◯が本来の位置関係に矯正されていることを確認し手術を終了します。

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TPLOやCBLO、TTAや関節外法、保存療法など、様々な治療選択のある犬の前十字靭帯断裂の治療において、現在ではTPLOが一強のように言われる事が増えてきてはいます。しかしながら、当院では、症例の体重や年齢、性格や散歩様式、基礎疾患の有無などを考慮し、保存療法、関節外法、TPLOのそれぞれのメリットやデメリットを熟慮の上、最適な術式を選択することが最も大切と考えております。愛犬の膝でお悩みの場合、どうぞお気軽にご相談下さい。

 

 

 

肺腫瘍(原発性の肺腺癌)

動物の原発性の肺腫瘍の発生は、人と比較して少ないといわれています。しかしながら、犬では他の動物種よりもやや多い傾向があり、ある研究では、犬の約10%で発症し、発症平均年齢は10.9歳とされています。原発性の肺腫瘍は、特徴的な臨床症状に乏しく、初期診断が難しいという特徴があります。また、およそ30%の症例で診断時には症状を呈していなかったとの報告もあることからも初期診断の難かしさが伺えます。こうした疾患の初期診断を目指すには、少しでも疑える症状が問診で聴取できた場合、積極的に検査を奨める以外に方法がないと考えられます。

下記に挙げられる症状が気になった場合には、積極的にレントゲン検査による評価が大切となります。

()内は発生頻度を示しています。
○最近よく咳をする(55%)
○呼吸が荒い時がある(24%)
○よく寝るようになった(18%)
○食べているのに痩せる(12%)
○熱っぽく感じる時がある(6.4%)
○足が痛そうな時がある(3.8%)
○状況のいずれかの症状を有し、かつ10歳以上である(発生年齢は2ー18歳)

診断方法
胸部レントゲン検査にて肺腫瘍が疑われた場合、その発生部位によって、細胞診やCT検査にて確定診断とします。

検査の実際
レントゲン検査
中心部にある楕円状の塊が心臓で、その斜め上に肺腫瘍を疑う丸い塊を認めています。

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CT検査
細胞診より腫瘍が疑われため、本症例では腫瘍の正確な位置や、周辺の脈管系の巻き込み、心臓との位置関係など、手術に必要な情報を得るためにCT検査が追加されています。
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写真は酪農学園大学附属動物医療センターより提供
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検査所見より、腫瘍は肺の左後葉近位に限局し、大血管に接するものの、巻き込みや強い癒着は想定されず切除可能と判断されたため、外科的摘出の可能性な肺腫瘍と診断されました。

治療の実際
一般状態が安定していて、病変が限局している場合には、外科手術が第一選択となります。しかしながら、手術はせずに緩和療法のみを行ったある研究では、その生存期間の中央値が10ヶ月(5日〜42ヶ月)との報告もあることから、年齢、腫瘍の大きさや転移の有無などにより、治療の選択には慎重を要します。今後の期待が高い放射線療法(リニアック)や抗癌剤に関しては、2020年、現在のところ十分な情報がないのが現状です。

手術の実際
画像診断より得られる腫瘍の発生位置により、胸骨正中切開法または肋間切開法が選択されます。本症例では肋間切開法による胸腔内アプローチが選択されています。開創にはフィノチェット型開胸器と呼ばれる開創器を用い、肋骨への負荷を最小限に確実な開創を行います。
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(写真の色調は編集しています)
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指で把持している塊が肺腫瘍です。関連する脈管をそれぞれ切断していきます。

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腫瘍を切除後、胸腔内にドレーンを設置し、手術侵襲に伴って生じる液体を排液しながら術後管理を行います。通常は数日内に排液は収まりドレーンの抜去が可能となります。

術後のレントゲン写真を示します。腫瘍の完全切除を確認し手術を終了します。
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合併症と入院
術後数日の間は、胸腔内の出血や気胸に対する注意が必要となります。術後数日は酸素室内にて呼吸状態を管理しドレーンにて排液の種類や量の計測を続けます。廃液量が1―2ml/kg/日以下まで減じたらドレーンの抜去が可能となります。入院期間の目安は3ー7日程度となります。

予後因子
報告にある予後に関するデータのいくつかを掲載します。予後に関する数字はあくまで一つの目安となります。

リンパ節転移がない場合の予後:11ー15ヶ月
リンパ節転移がある場合の予後:1−2ヶ月
肺腫瘍の種類:予後との相関なし
診断時に症状がない場合:18ヶ月
診断時に症状がある場合:8ヶ月

 

日常診療においては、肺腫瘍は殆どの場合で症状がなく、偶発的に診断されることが多い腫瘍です。診断時の年齢も比較的高齢で手術の是非についても悩まされる疾患の一つです。しかしながら、症状が出てしまった場合の苦しさや、平均予後の半減などを考えた場合、年齢を問わず、元気があり、転移所見がなく、限局した肺腫瘍と診断された場合には、外科手術の選択はやはり第一選択であると言えるかもしれません。