病院の症例

膀胱腫瘍

中年齢以降で、何度も再発する膀胱炎や、血尿、排尿痛や頻尿などの症状が続いた場合には、膀胱の腫瘍も原因の一つとして疑う必要があります。
膀胱腫瘍に特徴的な症状はあまりなく、症状だけでは膀胱炎との区別が難しいのが特徴の一つです。また、身体検査のみでは、症状が全く認められない場合から、時に、骨転位に伴う破行(肢を痛がる症状)だけが症状の場合もあり、診断に注意を要する病気の一つです。

膀胱腫瘍の分類
腫瘍は、上皮系と間葉系という二つのタイプに分類されています。動物の膀胱腫瘍の90~97%が上皮系腫瘍といわれ、その殆どが、悪性度の高い移行上皮癌という報告があります。移行上皮癌は、発病してからの時間経過に比例して、リンパ節や肺へ転移を起こしてしまうため、早期発見が重要な病気の一つです。
好発犬種
ビーグル、シェルティー、スコッティー、エアデール・テリアといわれていますが、基本的にはどの犬種でも発生します。また、殺虫剤や農薬への暴露による誘発の可能性も指摘されています。

膀胱腫瘍の診断
再発性の膀胱炎や重度の血尿などによって疑われます。血液検査、レントゲン検査、エコー検査によって、膀胱腫瘍の状況や位置を確定していきます。確定診断には、尿道カテーテルもしくは手術によって摘出した組織を用いた病理組織検査が必要となります。また、近年、尿中の腫瘍マーカー(V-BTA)を検査することによる補助的な診断方法も利用可能となってきています。

   エコー検査の実際
   正常な膀胱の後方で、腫瘍を疑う異常所見が認められます。
   
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   手術の実際
   
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黄色い枠で囲まれた部位が膀胱にできた腫瘍です。
正常な膀胱と比較して、非常に硬い触感で表面がいびつな構造をしています。
手術では、膀胱のみを体外に引き出して、正常な膀胱組織を含むように腫瘍を摘出します。

膀胱の腫瘍は、膀胱炎の診察の際に、エコー検査で発見されることが多い病気です。
中年齢になって、膀胱炎症状(血尿や頻尿、排尿痛など)を繰り返すような症状がある場合には、一度、泌尿器の超音波検査を受けてみることが大切と思います。

腎結石

腎臓で作られた尿の中のミネラル成分が、時間をかけて少しづつ固まって大きく成長することで腎結石は発症します。腎結石は年数をかけて徐々に成長しますが、動物の場合、末期となるまであまり症状を出すことがありません。そのため、他の検査の際などに偶発的に発見されることが多いのが特徴の一つと言えます。症状が出るようになった段階では、治療が出来ない場合が多く、早期発見早期治療が大切な疾患の一つです。

尿路系(腎臓や尿管、膀胱など)に出来る結石のおよそ1~4%が腎結石といわれています。
発生頻度は低いものの、膀胱内で生じやすい結石と比較して、内科療法で溶解しづらいという
特徴があります。

腎結石症の症状
末期になるまであまり症状を示しません。結石の大きさが腎臓の許容量を越えると、
強い痛みによる振るえや食欲不振、腎不全や細菌性腎盂腎炎などの合併によって
致死的な経過をとります。

症状があまりでない理由
腎結石が存在していても、石が一定の大きさ以上になるまでは、尿が石の合間を縫うように流れるため、尿の通過障害による症状が認められません。ひとたび尿の通過障害が生じてしまうと、腎機能不全が始まりますが、腎臓という臓器は、75%以上の機能が低下しないと症状を出さないため、症状が出てしまった時には非常に重篤となっていることが殆どです。
腎結石症の診断
レントゲン検査で発見し、超音波検査で結石以外の疾患の鑑別を行います。
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腎結石症の治療
一定期間の内科療法に反応がなく、腎機能が正常な場合には手術による腎結石摘出術が適応となります。
腎機能の評価には、血液検査、尿検査、静脈性尿路造影検査が必要となります。
静脈性尿路造影検査
特殊な造影剤を静脈内に注射して、腎臓からの尿の流れをレントゲン検査でわかるようにする検査です。矢印のところで白く線上に見えるのが、造影された尿管です。この検査によって、腎臓、尿管、膀胱においての尿の流れを調べていきます。
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手術の実際
腎動脈と腎静脈をそれぞれ血管鉗子という特殊な道具でとめて、腎臓内の血流を一時的に遮断します。遮断可能時間は15分前後といわれ、その間に腎結石の除去、尿管の洗浄、閉創を全てを実施します。チームワークが重要となる手術の一つです。
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結石を取り出しているところです。腎臓の大きさと比較して、非常に大きな腎結石です。
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取り出された腎結石です。摘出後、結石の分析検査を行うことで、再発の予防が可能かを調べることができます。
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腎結石症は、比較的高齢で発見される場合も多く、手術を含めた治療方針の決定には、悩むことの多い疾患の一つといえます。一般状態や腎機能の評価を詳細に行いながら、手術をするメリット、デメリット、手術をしないメリット、デメリットをよく相談し、方針を決定していくことが大切と思います。

タマネギ中毒

食卓の食べ物を何か食べてしまったり、散歩中に何かを拾って食べてしまった、
というご経験は、多くの飼主の方々がお持ちと思います。
大半の場合には、大事に至らずに済みますが、タマネギやネギ類、チョコレート、
骨付の肉類を摂取してしまった場合には注意が必要です。

下の写真のような尿をした場合には、タマネギ中毒による溶血性疾患が疑われます。
タマネギ中毒は、非常に早いスピードで重篤化する事があります。このような場合、
尿もしくは尿のついたシートを持参して、すぐに動物病院を受診することが大切です。
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タマネギ中毒とは
タマネギに含まれるアリルプロピルジスルファイドという成分が、胃を通して犬の体内に吸収されると、赤血球の膜を破壊(溶血という現象)してしまいます。一度に大量の赤血球が破壊されることで、溶血性貧血を起こし、重度の場合亡くなってしまうことがあります。犬の体質によって、少量の摂取では問題にならない事もあれば、僅かな摂取で重度の中毒へ発展してしまうこともあります。また、中毒発症後も緩やかに進行する場合と、急激な進行を示す場合があり、このような個体差があるのも、タマネギ中毒の特徴の一つといえます。

タマネギ中毒の原因物質は、熱を加えた状態でもなくならないので注意が必要です。

タマネギ中毒の治療
摂取されたタマネギが、胃から吸収されて血液中に入ってしまった場合、確実に中毒を予防する方法がないため、胃から吸収されてしまう前に催吐処置によってタマネギを吐かせてしまうことが肝心です。また、中毒が発生してしまった場合には、抗酸化剤やステロイド剤を使用して赤血球の破壊を食い止めます。それでも、破壊を止められない場合には、輸血が必要となります。輸血が必要な状況まで悪化すると死亡率も高くなってしまいます。

もしもタマネギを食べてしまったら・・・
○すぐに病院を受診して、催吐処置を受けて下さい。
○動物病院へすぐに行けない状況では、自宅での催吐処置を試みて下さい。
 (自宅での催吐処置には各種方法がありますので、病院でお気軽にお聞き下さい)

胆嚢粘液嚢腫

胆嚢粘液嚢腫とは、肝臓の一部にある袋状の構造をした胆嚢という部分に、暗緑色ゼリー状の粘液が異常に貯留し、胆嚢の壁の障害や胆汁(消化酵素)の分泌障害をおこす疾患です。胆汁の分泌障害により、慢性の消化器症状(嘔吐、下痢、腹鳴音、食欲不振、他)、肝炎などによる様々な症状が認められるようになります。また、末期には胆汁の流れが完全に遮断され、黄疸や胆嚢破裂による腹膜炎などの致死的な合併症を起こしてしまいます。

本来、胆嚢の働きは、肝臓で作られた胆汁を一時的に貯める場所で、サラサラとした緑色の胆汁で満たされています。胆嚢と腸管は細い管でつながっていて、必要に応じて胆汁を腸管内に分泌し、食べ物の消化や腸内細菌の過剰な増殖を抑える仕事をしています。従ってなんらかの原因で、胆汁の分泌障害が起こってしまうと、食べ物の消化システム、腸内細菌のバランス、肝臓機能に様々な障害が生じ、多彩な臨床症状を示すようになります。

サラサラの胆汁がゼリー状に変わってしまう原因
明らかな原因は不明といわれていますが、その発生要因としては以下のようなことが考えられています。
○高脂血症を起こす代謝疾患をもっている
○加齢による胆嚢壁の過形成や胆嚢の運動性の低下
○遺伝的背景
○消化器疾患からの二次的な発症

胆嚢粘液嚢腫の診断
不定期に繰り返す消化器症状(嘔吐、下痢、腹鳴音、食欲不振、他)や黄疸などによって、本疾患が疑われます。診断は血液検査、腹部超音波検査を用いて行い、最終的な確定診断は病理検査によって行われます。
胆嚢粘性嚢腫の治療
早期に発見された場合には、内科療法で管理可能な場合もありますが、多くの場合、ゆっくりと悪化し、外科手術が適応となります。しかしながら、重度の胆嚢粘液嚢腫の場合、周術期(手術中や術後)の死亡率は最大で30%前後という報告もあり、早期発見早期治療が大切な疾患の一つです。

実際の手術時の所見(画像は白黒に処理してあります)
内科療法による反応が得られず、様々な併発症の発生が懸念された場合、外科手術による胆嚢切除が実施されます。画面の中央に見える白色の部分が罹患した胆嚢です。通常は中身の胆汁(緑色)が透けて見えますが、胆嚢に問題が生じると白い塊のように見えます。
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切除後に内容物を確認します。暗緑色のゼリー状の塊の貯留が認められます。
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胆嚢粘液嚢腫の術前診断には、主観的な診断方法が含まれ、手術適応時期に関しても個々の症例により判断が異なる場合があります。従って、現在の臨床症状や、内科療法に対する反応、懸念される併発症に対する検討を重ねながら、治療方針を立てていく必要があります。また、重度の胆嚢粘液嚢腫の場合、致死的な合併症の発現や、外科手術のリスクも高いため、治療を開始する際には十分な相談が大切となります。

前十時靭帯断裂

遊んでいる最中に、突然キャンと鳴き片足を痛がり、時間が経っても足をあげたままの状態が持続する場合には前十時靭帯の断裂を疑う必要があります。前十時靭帯の役割は、膝関節の安定性を作ることで、この靭帯によって膝関節は正常に動かすことができます。この靭帯を断裂させてしまうと、膝関節が不安定となり二次的な関節炎や、膝の軟骨の損傷を招いてしまいます。

前十時靭帯断裂の原因
①肥満による靭帯への過負荷
急激に走ったり、滑ったり、走っている最中の方向転換などで断裂してしまいます。
②老齢化、ホルモン疾患による靭帯の脆弱化
特別な原因がなくても日常的な動きの中で靭帯の断裂が生じてしまいます。また、避妊去勢による変化の一つとして、靭帯の脆弱化も指摘されています。
③骨格の奇形
骨の形状異常によって靭帯に無理な力が慢性的にかかる結果、わずかなきっかけで靭帯が断裂してしまうことがあります。

前十時靭帯断裂の症状
急性期
患肢を負重させることができず、足先を地面にちょっとだけ触れさせているか、まったく挙上したままでいます。2~3日すると痛みが取れてくることが多く、触っても痛がらないけど、足は地面につかないという状態がおおく観察されます。
慢性期
患肢の負重はやや可能となるが、持続的な歩様障害が観察されます。特に運動後に悪化する傾向があります。また、二次的な関節炎や、関節軟骨損傷の併発も時間が経つほどに多くなるといわれています。

前十時靭帯断裂の診断
臨床症状、触診、レントゲン検査を組み合わせて行います。靭帯損傷直後で関節の腫張が強い場合には、腫脹を抑える治療をした後に、再評価が必要となります。

前十時靭帯断裂の治療
保存
療法
体重15㎏以下であれば保存療法により、ほぼ正常に歩けるようなる確率はおよそ85%(4か月での評価)という報告があります。また15㎏以上であっても19%(6か月での評価)でほぼ正常歩行が可能であったという報告もあります。年齢や持病によっては、保存療法も充分に選択肢となりうるので、手術を検討する場合は必ず考慮をする必要があります。ただじ、時間経過とともに発生する関節炎の程度と評価した報告では、外科療法選択症例と比較すると、関節炎の程度は重くなる傾向にあるので、保存療法の適応には注意が必要です。ただし、これらのデータは海外の大型犬を主体としたデータであり、小型犬の多い日本においては、保存療法選択による関節炎の程度問題だけを理由に外科手術を選択することは当院では推奨していません。

外科療法
動物の年齢や犬種、体格、手術にかかる費用などを加味し、いくつかの選択枝があります。当院では、生体内で繊維化による靭帯様構造物を形成することで膝関節を安定化させる、関節外整復術を行っています。また、若く活動的な大型犬に対しては、TPLO術(詳しくはコチラ)を行っています。手術方法の決定には、それぞれの手術方式のメリットとデメリットを考慮する必要があることから、事前に綿密なご相談が必要となります。

この記事では関節外整復術の原理をご紹介
断裂してしまった前十字靭帯と同じ角度の力が支えられるように、特殊なバンドを骨にかけます。特殊なバンドの周囲には繊維化という現象はおこり、やがて靭帯のような組織になります。これによって膝関節の安定性が得られます。
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青線:前十時靭帯の位置(点線部分は骨の裏側)
赤線:靭帯様構造物を形成する特殊なバンド
黒丸:バンドを通すために形成した穴
緑丸:種子骨という丸い骨にバンドをかけます

手術の実際(写真は白黒に処理してあります)
膝関節内にアプローチし、断裂した靭帯や痛んだ軟骨などを取り除きます。
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筋肉の下にある種子骨にバンドをかけます。
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形成した穴を通して、バンドをとめます。
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術後は圧迫包帯を巻いて動きを制限します。
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術後のケア
術後はレーザー治療やマッサージを行いながら、下記の目標で経過観察をしていきます。
術後3週間
圧迫包帯を巻いたまま、軽い短時間の散歩のみとします。
術後3週間~3ヶ月
リードをつけた歩行のみの運動とし、歩様の正常化を目指します。
術後3ヶ月~5ヶ月
通常の生活を送り、左右の体重負荷が同等となることを目指します。

術後の注意点
片足の前十時靭帯を切ってしまった場合、約40%の症例で、平均17ヶ月以内に対側の前十時靭帯も切ってしまうという統計が報告されています。術後は、体重の管理、滑る床の是正、運動の仕方、基礎疾患お治療などに注意をしてあげる必要があります。