2020年1月3日

当院での取り組み

コンセンサスの限界への対策として、当院では、痛みがまだない又は非常に軽微な段階の膝蓋骨脱臼症例に対して積極的な関節エコー検査推奨の取り組みを始めています。

早期発見という観点に絞れば、関節鏡やCT検査などの優れた検査法が獣医療でも既に利用可能です。しかし、これらの検査には全身麻酔が必要であり、まだ臨床症状が非常に軽い初期の段階では躊躇されがちです。こうした背景の中、現在、獣医整形外科学の一部で関節エコー検査が積極的に取り組まれるようになってきています。関節におけるエコー検査はまだまだ新しい分野ではありますが、麻酔を使わず、傷も付けずに実施できる点で圧倒的に動物に優しく、初期検査に含めるには最適な検査方法であると考えられます。こういった特性より、当院では積極的に関節エコー検査を行いながら、最善の手術適応の時期の追求に努めています。

エコー検査の利点

膝の骨の関節エコーを下に示します。膝蓋骨は、このM字型の溝の上を滑るように動いています。注目すべきは関節エコー検査ではわずか数ミリにも満たない関節軟骨のラインまでしっかりと描写することができる点にあり、膝蓋骨の脱臼によって生じる骨のダメージを他の検査法と比較しても鋭敏に検出することができるといわれています。

また下の写真で表すように、大腿骨滑車角度(SA値)を求める事によって、膝蓋骨の脱臼のしやすさを予測することも可能なため、他の検査と組み合わせることで予測的中率を上げることが期待されていています。

エコー検査の実際

膝蓋骨や関節包、膝蓋骨脱臼時に最も障害を受ける滑車稜(M字の頂点)の外側も肉眼所見と変わらないような情報を得ることができます。

現在のコンセンサスには関節エコー検査所見が含まれていないのですが、関節エコー検査で得られる情報は多く、さらにはその情報が無麻酔、無痛で得られる点を考慮すると、手術適応基準を決定する上ではなくてはならない検査方法と思えます。実際の上述した症例Bでは、関節エコー検査での情報がなかった場合、現在のコンセンサスでは手術適応を判断するのはかなり難しいと思われます。しかし、関節エコー検査によって骨のダメージが確認されれば、痛みに発展する可能性が予測できるため、ダメージがより少ない初期の段階で手術適応の判断ができるようになります。これは、関節エコー検査が与えてくれる最大の利点といえます。

最後に、関節エコー検査を含めた当院の手術適応時期に関す2025年現在の考えをまとめてみます。

当院での手術適応基準

  • レントゲン検査における関節内炎症所見
  • 関節エコー検査における骨の障害の有無
  • 触診検査における脱臼時の強い抵抗感
  • 脱臼に痛みがある場合(飼い主が痛みがあるとみている場合も含む)
  • 遊びや散歩に夢中になれない程度、頻度の脱臼

上記に、愛犬の年齢や性格、好きな遊びや飼い主さんの価値観を掛け合わせて判断。

<飼い主の価値観>

  • 臨床的なこと:現時点の痛みや不便の有無を重視など
  • 組織的なこと:症状に関わらず骨の障害の有無、進行抑制(将来リスク)を重視など

脱臼があっても何ら問題もなく元気に楽しく生涯を暮らしている小型犬が多いのは事実です。手術は精神的にも身体的にも大きな負担となるため、脱臼=手術であってはならないのは確かかと思います。しかしながら、同じような脱臼であっても骨のダメージが強く、将来のリスクを抱えていたり、好きな遊びもできなくなってしまっているコ達もたくさんおり、これもまた大きな負担といえます。この両者の違いを見極めようとする努力を、飼い主、獣医師間で行いつつ、愛犬のために最善の選択ができるようしっかり協議を行うことで、その子その子に合った最適な手術適応時期が決定できるものだと考えます。

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