Dr野上の腫瘍講座 腫瘍外来症例のご紹介〜乳腺腫瘍と卵巣腫瘍〜

2025年4月13日

1 症例

ヨークシャーテリア 12歳 2kgのメスで、腹部にしこりがあることに気が付き来院されました。

2 手術までの流れ

左右の乳腺に2つのしこりが確認され、細胞診を実施したところ乳腺腫瘍が疑われました。しこりは最近見つかったものであり、やや増大傾向であったため早めの手術が必要と判断し、術前検査を実施しました。

術前検査では腹腔内に卵巣や子宮の腫瘍の疑いのあるピンポン玉大の腫瘤と、脾臓に2cmほどの腫瘤が見つかりました。脾臓や腹腔内の腫瘤は、エコー検査などの画像診断や細胞診で良性悪性の区別をすることは難しく、どちらも放っておいて良いと言い切れるものではなかったため、飼い主さんと相談の上乳腺腫瘍と同時に摘出することとなりました。

3 手術、病理結果

乳腺腫瘍は左右4,5乳腺の切除を行いました。卵巣/子宮及び脾臓の腫瘤は開腹下にて行いました。

~乳腺腫瘍が見つかった場合の手術方法

乳腺の手術方法には、腫瘍や腫瘍のまわり含め小さく切除する方法~片側または両側の乳腺をすべて切除する方法まで、様々な術式があります。犬の場合は、術前の検査で良性悪性の区別がつかないことが多く、取り残しを防ぐため大きく切除することが多くあります。

また、約半数の症例で乳腺腫瘍が複数発生し、約58%の症例で術後に残った乳腺から新たに乳腺腫瘍が発生することが報告されているため、予防的にしこりのない乳腺も含めて切除することもあります。しかし、小型犬では良性の乳腺腫瘍の割合が75%と高く、5mm以下の硬いしこりの場合は特に良性のことが多いため、小さな切除を選択することもあります。

◯乳腺の結果

身体検査で見つかった2つのしこりは「悪性筋上皮腫」と「乳腺がん」という悪性乳腺腫瘍でした。2つとも腫瘍は取り切れており、まわりの血管やリンパ節への浸潤は見られなかったため、抗がん剤などの追加治療の必要はありませんが、今後は残っている乳腺のしこりの発生や転移に注意しながら経過観察させていただくこととなりました。さらに、もうひとつ摘出した組織の中に乳腺腫瘍が見つかりましたが、こちらは良性の「乳腺腫」と呼ばれるものでした。

犬の乳腺腫瘍では、このように良性と悪性のものや、悪性腫瘍でも様々な悪性度のものが混在していることがあります。これらの情報は術前の細胞診検査では判断が難しく、病理検査にて評価を行う必要があります。

〇脾臓の結果

一部に小さなしこりが突出しており脾臓摘出を実施したところ「結節性過形成」と呼ばれるもので、今回の乳腺や卵巣腫瘍とは関係なく発生した良性病変でした。

〇子宮または卵巣のシコリの結果

開腹下にて片方の卵巣が腫瘍化したものであることが判明したため、子宮卵巣摘出術を実施しました。その結果、卵巣はもう一方のサイズが正常な方も含めて両側の「顆粒膜細胞腫」と呼ばれる悪性腫瘍でした。これらは卵巣腫瘍が両側に転移したものではなく、それぞれ自然発生した腫瘍であり、まわりの組織や血管への浸潤は認められないという結果でした。

顆粒膜細胞腫は犬で多く見られる卵巣腫瘍で、悪性腫瘍ではありますが転移率は20%であり、多くは摘出することで予後は良好とされています。今回も他の腹腔内臓器への拡がりや転移の所見は認められなかったため予後は良好と考えられますが、今後定期的な検診が推奨されます。

【卵巣腫瘍のエコー画像】

 

【卵巣腫瘍の手術所見】

また、同時に摘出した子宮は腫瘍化していませんでしたが、「子宮内膜嚢胞状過形成」と呼ばれるホルモン性の変化が認められ、子宮蓄膿症などの疾患が発生しやすい病態となっていました。

乳腺腫瘍摘出の際、避妊手術(卵巣子宮摘出術)も行うことで、今後の卵巣や子宮の疾患を防ぐことができることや、残った乳腺の良性腫瘍の新規発生を50%減らすことができる(※悪性腫瘍の発生は抑えられない)と報告されており、同時に摘出することが勧められますが、年齢や体力なども考慮して決める必要があります。

今回の症例は、とても体格の小さなシニア犬であり、同時に複数の臓器を摘出することによる術後の経過が心配な点ではありましたが、3日間の入院ののち元気に退院となりました。しこりを見つけてすぐ診察に来ていただいたことで、乳腺腫瘍が血管やリンパ節へ拡がる前に早期に手術ができ追加治療が不要であり、術前の検査により偶発的に見つかったほかの腫瘍も、病気が進行する前に切除することができました。

今後も経過に注意しながら、元気に長生きできると良いですね。

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